「ショートカット」が、これまで無視されてきたのだろう。
理由は簡単だ。
生徒に学校や教室に依存しながら10何年もかけて少しずつ上達していってもらわなければ、レッスンプロは商売にならないからである。
神業化しておいたほうが、彼らが長週休三日で成果を借り上げると考え、メシを食っていくにはトクなのだ。
教育は、確かに教育者の生活のためにもある、という側面は全否定できない。
子どもたちの教育が、その犠牲になっていいわけはない。
ショートカットをして、たくさんの経験を積むことは無条件によいことであると私は思46、つノ。
まず第1に、そうしないと、無駄に失われる時間とエネルギーが多くなりすぎる。
ショートカットすることで、豊富な成功体験ができる。
学校教育はローリスク・ローリターンだが、ショートカットはノーリスク・ハイリターンである。
やる前に諦める、というパラダイムと縁を切れる。
短期間でゴルフを上達してから「やらない」のと、最初から「やらない」のとでは、雲泥の差、だ。
第五に、遅々として2O年かけて何者にもなれないよりも、三カ月で速習してから、それが人生の目標たりうると確信できたなら本物のプロをめざして、ダイナミックに上達してゆけばいい。
そういう道筋が「よく見える」ことこそ、ショートカットの真骨頂なのである。
生き残る道は意外に多い1流の技術が言語化されたとき、それを私たちはコツと呼んでいる。
秘伝や秘技とは違う。
1流というだけでコツを語れるわけでもなく、1流でなくてもコツだけは明断に語れる人も稀にいる。
名選手必ずしも名監督ならず、という現象と同じである。
従来、プロとアマの区別は明確だった。
お金を得る人がプロであり、お金を払い、またはお金をかけない人がアマと定義しておけば事足りた。
アマがプロをリードする、ということもなかった。
ところが近年は、ボーダーレス化が急速に進んでいる。
能力の問題ではない。
なぜ、フロが危ないか。
何よりもITの激烈な進化と低価格化によって表面化している。
例えば、フィルムの販売や現像および焼付け業界は、すでに瀕死の状態にある。
2万円程度の最新スキャナーを買ってきてパソコンとつなげば、既存のプリント写真やボジフィルムをデジタル化してネットで送るのも、デジタル画像をお店顔負けの品質でプリントするのも、自宅で朝飯前かつ低コストで可能になってしまった。
かつてプロが何時間もかけていたものを、アマが数秒でできるようになったのだ。
週休三日で成果を4借上げると考える47プロが仕切ってきた記念写真業界も瓦解した。
採用時までカメラをもったこともなかった若い女性を数週間で徹底教育し、「赤ちゃんを笑わせてその瞬間を逃さない」タイプのチェーン居スタジオアリスの急成長をきっかけに、新規参入が相次いだ。
そもそも、プロカメラマンが1O年もかけて弟子たちに秘技を伝授してきたやり方は完全に過去の遺物となり、プロ何万人分もの秘術は小さなICチップとなり、誰にも超格安で手に入る時代に48なった。
プロの独占物だった技術が全面的に解放されたことは、アマには実に喜ばしい。
が、大状況としてプロの首を絞めたのも明らかだ。
1五世紀まで教会が独占していた聖書と教養を1気に解放させた宗教改革や印刷革命に匹敵する大激変である。
21世紀になったばかりのころまで、オピニオンを発するのはまだプロの独占物だったが、今では何百倍何千倍何万倍もの人々が、ネット上で公然とプロ顔負けの議論を展開し始めた。
旧態依然の古書店を尻目に、素人が少なからずネットで稼げるようになり、商業誌に連載をもつプロの漫画家や3年前にヒット曲ありの歌手よりも、コミケで冊子や路上でCDを売る若者の生活のほうが安定している例は珍しくない。
私自身も、紙媒体やテレビやラジオでの稼ぎより、ネットでの収入のほうが多くなった。
それでも背後からは、無尽蔵にアマチュアの書き手が迫ってくる。
センス、技術、パワー、スピードの4つを常にレベルアップさせていかないと、あっという聞に仕事をなくす。
どこを見渡しても、プロ受難の時代である。
だが、大切なことは、そのような大状況を見て断念することではない。
大状況の陥没のなかで生き残る道は意外に多い。
例えば、記者クラブと戦った上杉降さんにはジャーナリストとして多大な敬意を払うが、記者クラブという談合組織があるゆえに、フリーランサーが思う存分自由に取材ができる、という側面は濃厚にあった。
記念写真業界が陥没しても、自分たちでは撮りがたい感動的な記念写真なら、いくらでも都鄭がお金を出してくれる。
より正しく言えば、フロがアマチュアに「殺されて」いるのではない。
新しいプロがダイナミックに台頭し、工夫なきプロが自壊しているだけなのである。
例えば新聞記者は、与えられた場所で毎日記事を書くことはできても、自社が発行する新聞をたった1O万円分すら売ったことがない。
よほどの天才を除いて、自分のところの商品を売れない人に、「お金を出しても読みたいもの」など書けるわけがないのに。
圧倒的多数の公務員や政治家や主婦も同様である。
もちろん、与えられた予算を効率的に使うセクションも多少は必要であるものの、稼ぐ人がいなければ健全な支出などありえなし。
封建的なことを言っているのではない。
1O万人に1人の天才タイプでないかぎり、「売る」という行為を積み重ねなければ「買う」を賢明にこなすことは難しい。
ドーナハ商売には、例えば卑屈になるという要素など必須ではない。
商売の原則は「安く仕入れて高く売る」。
これだけである。
そこに工夫と知恵を入れ込んでゆく。
およそ商品には、代替性のあるものと、代替性のないものとがある。
代替性があるとは、誰が売っても同じもののことだ。
交通やネットが未発達の時代には、その地域に店舗があるというだけで、客を集めることができた。
もはやそのような事態が続くいかなる要素も残っていない。
客が「どこでも」商品を手に入れることができるようになると、サービスがよほど良いか、単に値段が安いかのいずれかしか生き残りえない。
売る側からすると、価格競争に巻き込まれるのは過労死への最短距離である。
他方、代替性のないものは、原則として売り手市場となる。
が、そもそも商品として認知されるかどうかはわからない。
売り買いは極上のエンタメだと考えるしたがって、「売る」という行為で最も簡単なのは、自分が作ったものではなく、すでに商品としてあるもので、多少の値引き程度のことならできる商品を売ることだ。
そんなことすらできない人々が、この国には溢れている。
買うことは、誰にでもできる。
だが、売ることは誰にでもできるわけではない。
工夫や才能や技術が必要だからである。
そうした地道な積み重ねが、賢明な社会人をつくる。
う12消費(あるいは浪費)しかできない人間が、公務や政治や報道の仕事に就いてきた。
それを上回る利潤を全社で出せていた時代にだけ、そんなことが許されたにすぎない。
ところで商売を成功させるコツには、「不届き者のツケを全体に波及させない」がある。
これらの人々は、いとも簡単に「不届き者のツケを全体に波及」させる。
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